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ペインクリニックと顔面神経麻痺治療への想い

氏名 増田 豊【ペインクリニック内科】
経歴 ペインクリニック内科 部長
昭和大学薬学部客員教授
聖マリアンナ医科大学客員教授
NPO法人 ペインクリニック普及協会 理事
麻酔指導医
ペインクリニック専門医

 

 ペインクリニックは、痛みを専門的に治療する部門である。首・肩・腕や足・腰の痛みを始め頭痛や顔面痛などあらゆる痛みに対して治療を行っている。その治療手段として、ペインクリニックで特徴的な手段が神経ブロック療法である。
 神経ブロックは、知覚神経、運動神経、自律神経の交感神経を対象に、それぞれ単独にまたは一緒にブロック(遮断)して痛みをはじめ症状や病態を改善することができる。特に交感神経に対するブロックの効果は特徴的である。支配領域の血行を改善し、発汗を抑制し、疼痛反射路を遮断して痛みや痛みの悪循環を改善する。代表的な交感神経の一つに星状神経節がある。
 少し古い話になるが、田中角栄氏が総理大臣を務めていた時期に、顔面神経麻痺になったという出来事を中年以上の読者なら覚えておられると思う。そのとき顔面神経麻痺の治療に星状神経節ブロックという神経ブロック療法が行われ、一般にはあまり知られていない治療法が首相に行われたこともあって、当時は大変話題になった。

 痛みの疾患ではない顔面神経麻痺の治療を、なぜペインクリニックが担当して星状神経節ブロックが行われたのか不審に思った人も世間には多かったであろう。
星状神経節というのは、頭部・顔面・頚部・上肢・上胸部領域を支配している交感神経であり、この神経をブロックするとこの領域の血流が増加して、障害を受けた部分の回復を速めることができる。つまり、顔面神経の障害により発症した顔面の麻痺症状を改善できるのである。
顔面神経麻痺に対しては、一般的にステロイド療法が選択されることが多いのだが、総理は糖尿病などもあり、ステロイド療法を希望されなかったのである。数ヶ月後に総理の表情はほぼ元通りに回復したことも当時の新聞記事で確認することができる。たまたま筆者は治療の手伝いをした経緯もあり、今でも忘れられない出来事として鮮明に覚えている。

 その後筆者は母校のペインクリニックを担当することになり、35年以上にわたりペインクリニックの診療に従事してきた。
母校のペインクリニックでは顔面神経麻痺の治療に対し星状神経節ブロックを積極的に応用し、予後診断に早くから電気生理学的診断機器(Electroneurography:ENoG)を導入し、その効果を評価してきた。院内の顔面神経麻痺患者の予後評価を行いつつ、星状神経節ブロックによる治療を数多く経験する機会を得た。
星状神経節ブロックに関してはいくつかの臨床研究を行ってきたが、「顔面神経麻痺の治療に対する星状神経節ブロックの効果」についての研究では、顔面神経麻痺が治癒した時点でステロイド療法と治療効果の差はなかったが、初期の麻痺回復の立ち上がりがステロイド療法より速かったという結果を得ている。
数年前から動物を用いて顔面神経麻痺の回復に影響する因子の研究なども行っており、星状神経節ブロックの有効性をさらに証明するために研究を継続している。

 神経ブロック療法は、手術が不可能な場合や、様々な事情で薬物療法が不可能な場合にも応用できる場合があり、今後の医療にとってさらに貢献できる可能性のある重要な手段であると考えている。